前書き
この作品は、水無月隼人の完全オリジナルです。半年ほど前の作品ですが、ごゆっくりお楽しみ下さい。ちなみに、ガッシュとかナデシコとは全然関係ありません。
無題
喧噪。本来ならば静寂に包まれているシャインホールの王城に、それらは響いてきていた。この城の主は、豪華な飾りの玉座に気怠げに身体を沈め、その喧噪を、少しずつ大きくなるその喧噪を聞くでもなく聞いていた。シャインホール。代々の魔王の、居城。魔王とは、世界を統べるモノ。恐怖と力の名の下に。この世界に生きるモノが、魔王に逆らうことなどないはずだった。もっとも繁栄し、栄華を誇る人間族であってもだ。だが数百年前、予期しないことが起こった。神という名の存在。突然現れたその存在は、神秘的な力で人間族を惹き付け、対魔族の尖兵とするに至った。それが、20年ほど前の話し。人間族と魔族の、くだらない戦い。くだらない戦いと彼、シャインホールの主、永久(とこしえ)の魔王シャザンアイは思っていた。彼が勝って得るモノはなく、負けると失うモノが多すぎる。もし勝ったとしても、人間族を失う。支配するモノを失うことは、できれば避けたいモノだ。
「・・・」
シャザンアイは溜息をついた。そもそも、そう言う考えがこの現状を引き起こしたのだと。喧噪。それは、鋼と鋼のぶつかる音であり、魔族達の咆吼であり、死にゆく者達の最後の叫びであり、確実に歩を進める人間族の足音だった。長い長い戦いの末、ついに人間族はこのシャインホールに辿り着いた。数多くの、人間と魔族の死体を踏み台にして。
「・・・」
もう一度、シャザンアイは溜息をつく。決断せねばいけないのだ。魔王の力をもって人間族を滅ぼすか、支配していたはずの人間族に滅ぼされるか。
「戦況は、思わしくないですね。」
「魔人と言われた我々が、苦戦を強いられるとは・・・」
「しかも、4人の魔人の一人が人間どもに殺されたとくる。」
突然、王の間に響く3人の声。一瞬後、シャザンアイの前に3人の魔族が跪いていた。彼がもっとも信頼を寄せる、今は3人になってしまった4人の魔族達。
「シャザンアイ様・・・いかが致しましょう?」
真紅の髪、真紅の瞳、真紅の鎧に身を包んだ男。魔族の中でもっとも智に秀でた者、ルビーアイ。
「戦いの采配は、全て任せていたはず。私に決断を求めるのは、この王の間に人間族が 攻め寄せてきたときのみだ。」
彼を真っ直ぐに見る真紅の瞳を見返し、彼はそれだけ言って口をつぐんだ。
「わかりました。オッドアイ、あなたの方がどうですか?」
ルビーアイが声をかけたのは銀髪の魔族だった。ルビーアイを見返す彼の目は、右目が蒼、左目が紅という特徴的なものだった。魔族の中でもっとも勇に秀でた者、オッドアイ。その背に負った大剣で、今まで何千何万という人間族を切り裂いてきた者。
「どうもこうもないな。外に展開しておいた者達はほぼ全滅と言っていいだろう。人間 達にそれなりの損害は与えたが、城に入られるのは時間の問題だ。とりあえず風魔龍 ザンクツヴァイに門の守りは命じてあるが・・・」
「いくらオッドアイの風魔龍でも、厳しいものがあるな。5人ほど、神の加護を受けた 者達がいるだろう?そいつらにかかれば、風魔龍でも時間稼ぎにしかなるまいよ。」
最後の魔族が口を開く。漆黒の髪、漆黒の瞳、漆黒の服に身を包んだ、魔族の中でもっとも猛々しき者、ギルフォード。
「俺も行ってくる。」
それ以上の言葉を待たず、ギルフォードが立ち上がる。
「お願いしましょう、ギルフォード。皇龍太子であるあなたと、風魔龍が同時にかかれば何とでもなるでしょう。」
ルビーアイの言葉に右手を挙げて応え、ギルフォードが虚空に消えた。
「ああは言ってみましたが、厳しいものがありますね。」
「かもしれん。」
ちらりと、ルビーアイがシャザンアイを一瞥する。魔王は玉座に身を沈めたまま目を閉じていた。
ー死期が近い・・・ー
ふと、そんなことをルビーアイは思った。魔王とは、絶対に殺せない存在でもある。魔王の力を受け継ぐと言うことは、同時に傷付くことのない肢体と、衰えることのない魔力を受け継ぐと言うことだ。唯一魔王を殺すことが出来るのは、時間。不死ではあるが、不老ではない。老いた魔王は、次期魔王たるものに力を継がせる。そうして、魔王という存在が続いてきたのだ。シャザンアイの死期は、本来はもっと先のはずだった。しかし、度重なる魔力の放出が、彼の死期を早めてしまったのだ。
「オッドアイ。私は大広間で人間達を迎えましょう。あなたはこの王の間で、シャザンアイ様の御身を守っていただきたい。」
「わかった。」
すっとルビーアイの姿が消える。オッドアイは背中の大剣を引き抜き、王の間の床に突き刺した。何としてでも、守らねばならない。魔王という存在を。
「うぉぉぉぉ!」
人間族を導く神、リリームルによって授けられた純白の聖剣エクスリュードを握りしめ、勇者の名で呼ばれる少年が風魔龍に斬りかかる。ぼさぼさ頭にバンダナを巻き、剣と同じ純白の鎧を着ていた。
「ウェラン、無茶するな!」
「わかっているよ、シュレット。」
同じ純白の鎧を着た、長髪の青年。リリームルによって授けられた片刃の長剣、聖剣ヴァルファレイトを右手に、全ての魔を退けると言われるルーンシールドを左手に、彼は先の少年の後を追う。風魔龍の生み出した火球を、シュレットはルーンシールドで防ぎ止めた。
「大いなる我らが神、リリームルよ。今戦いに赴く者に、汝の加護と導きをもって勝利を与えたまえ。」
リリームルの巫女である少女が、神の加護を願う。奇跡を求める歌。
「ファーシェイ、下がって。あんまり前にでてると、危ないよ。アーヴェン、援護を!」
同じ純白の鎧を着て、長い髪をポニーテールで垂らした女騎士がそう言いながら風魔龍の右側に回り込んだ。手に持っているのは、リリームルの力のこもった三つ又の矛。神槍、レシュオーグ。
「わかった、レフィーナ。」
黒魔術師と一目でわかるローブと杖をもった、三十前後の男。アーヴェンと呼ばれた彼は目をつむって意識を集中し、何かを呟きながら杖を何度かふる。
「滅びをもたらす、炎の化身よ!」
アーヴェンの周りに浮かぶ、数個の火球。さっき風魔龍が放ったものと、まったく同じものだった。
ごごごごぉぉぉぉん!
全て直撃するが、目眩まし程度にしかならないだろう。風魔龍は、尾で、翼で、鋭い爪で、牙で、魔法で、全てを駆使してリリームルの加護を受けた人間に手傷を負わしていく。しかしそれは、リリームルの巫女ファーシェイの癒しの魔法で無駄なものへと変わっていった。
「おぉぉぉ!」
「でぇぇぇぃ!」
「はぁっ!」
逆に、リリームルの加護を受けた武器を持つ者達によって、風魔龍は傷付き、弱り、そして・・・
「ごぉぉぉぉぉぉ!」
最後の叫びを放って、地に倒れ伏した。
「よし!急ごう。」
風魔龍の身体を避けるようにして、門に向かう五人。その目の前に、突然一つの影が現れた。突然、虚空からだ。
「やれやれ・・・長話をしていたわけでもないのにな・・・意外と、手際がいいじゃないか。」
その影は、困ったような仕草で髪を掻き上げ、小さく苦笑していた。闇に溶け込むような存在。いや、闇そのものとも言えるだろうか。
「会うのは何度目かな?もっとも、今回は手加減は一切抜きだが・・・」
一歩、前にでる。漆黒の瞳が、順に五人を見やった。
「魔人の一人、ギルフォードだ。まさか、忘れたわけではないよな。」
「く・・・」
詰められた間合いの分だけ後ろに下がりながら、ウェランがエクスリュードを握り直す。
「どこまで下がるつもりだ?勇者などと呼ばれているのだろう?勇者っぽいところを見 せてくれよ。」
一歩、二歩とギルフォードが距離を詰めるごとに、ウェラン達五人は後退していく。圧倒的な威圧感。
「うぉぉぉぉ!」
雄叫びを上げながらギルフォードに飛びかかったのは、ウェランでもシュレットでも、レフィーナでもなかった。まだ何万といる、人間族の戦士の一人。
「無粋だなぁ・・・」
呟き、一瞥を向けるギルフォード。皇龍太子である彼の瞳は、魔眼とも言える。力のないものの魂を、凍り付かせる視線。ギルフォードの瞳を直視したその戦士は、まるで金縛りにでもあったかのように動きを止めた。ギルフォードがほんの少し目を細めた瞬間に、彼の身体が弾け飛ぶ。
「なっ・・・」
「こんな、ことが・・・」
驚愕の声。だが、人間達が驚いた以上にギルフォードを驚かせたのは、一人、また一人と弱いはずの人間が彼に向かってきたことだ。彼は驚いたが、だがその人間達を殺すことに戸惑うことはなかった。抜き手でやすやすと鎧を突き破り、闇の精霊魔法で一度に数人の人間の命を奪う。それでも、人間達はギルフォードに向かってきた。
「勇者様!ここは我々が相手をします。早く、中へ!一刻も早く、魔王を討ち取って下 さい!」
ギルフォードの耳にも、ウェラン達の耳にも、等しくその声は届いていた。
「すまない、みんな!必ず、魔王を討ち滅ぼしてみせる。だからここは・・・頼む!」
ウェランの声、歓声を上げる人間達。その一つ一つが、ギルフォードの怒りを助長する。
「苛々、する・・・」
もはやギルフォードは、ウェラン達を見てはいなかった。ただ、殺されても殺されても迫ってくる人間達を見て、そしてその人間達に右手を向けて・・・
「苛々するよ、人間ども!」
一直線に伸びる闇の光芒が、人間達を消し飛ばしていた。人間達の動きが止まる。恐怖のために・・・
「力のないものが、強がる・・・そう言うのを見るたびに、殺したくなるんだ!闇に潜 みし怨霊達よ、我が元へと集え。闇の力、闇の呼気、闇の狂気をまといて滅びを導く 影を撒け。黒霊陣・滅。」
膨れ上がる闇。絶叫ごと、飲み込まれる人間。彼は、苛々していた。
「まあ、ここまで来ることは十分予想していましたよ。ギルフォードが負けたとは考えられませんが、そこはそれ。人間達お得意の、数に任せた攻撃というやつでしょう。」
大広間。そこに立つ、魔人の一人。
「ルビーアイ・・・こうやって顔を合わせるのは、何回目だっけな。一番最初にお前に 遊ばれてから、俺はお前に勝つことだけを目的にここまで来た。ウェラン、レフィーナ、ファーシェイ、アーヴェン。お前達は先に行け。」
「あなた一人では、難しい相手でしょう。私も残ろう。」
シュレットとアーヴェンがルビーアイの前に立つ。
「なるほど・・・友情と信頼とやらを、見せてくれるわけですか・・・まぁ、仲間の絶叫が後ろから聞こえても前に進む自信があるのなら、行けばいいでしょう。別に私は、何人が相手でもかまいませんよ。」
「その澄ました顔・・・後悔させてやる!」
「破滅の雷(いかずち)よ。」
アーヴェンの声と共に、ルビーアイの周囲に幾筋もの稲妻がきらめく。
「・・・」
稲妻に包まれて動かないルビーアイの横を、ウェラン、ファーシェイ、レフィーナの三人は駆け抜けていった。三人の気配が遠ざかると同時に、ルビーアイの周りの稲妻が内側から弾け飛ぶ。
「ふふっ・・・地獄の業火よ。」
お返しとばかりに、ルビーアイが言葉を紡いだ。アーヴェンの足下から、漆黒の炎が吹き上がる。
「ぬぁっ!」
「アーヴェン・・・てぇっ!」
一瞬躊躇したシュレットだが、ヴァルファレイトとルーンシールドを構え直してルビーアイとの間合いを詰めた。アーヴェンのローブが、炎を防ぎ止めているのを知ったからだ。
「なるほど・・・」
斜めから振り下ろされたヴァルファレイトを、真紅の剣で受け止めてルビーアイが呟く。真紅の剣。炎をかたどったような、不思議な形をした剣だった。
「色々と、曰わくありげなモノをもっていますね・・・神とやらの加護ですか?」
くすっと、ルビーアイは笑った。断続的に繰り出されるシュレットの剣を受け流しながら、余裕がたっぷりあると言った感じだ。
「このっ!」
「・・・届きませんね、その程度では・・・遊びの相手にもならない。」
巻くようにしてヴァルファレイトを払いのけ、逆にルビーアイが真紅の剣を突きだした。喉を狙った正確な突き。
「くっ・・・」
シュレットはそれを、ルーンシールドで受け流す。少し、間合いが開いた。
「災いを運ぶ烈風よ!」
間髪入れずに、アーヴェンの魔法が飛ぶ。今度は、風の刃だった。その後ろを行くように、シュレットが疾る。
「いいですね。楽しめるようになりました・・・」
真紅の炎が、ルビーアイを包んだ。いや、ルビーアイの周りの空間を包んだ。さながら、炎の鎧のように。
「魔人ルビーアイが、一時の時間を貴方達に与えましょう。せいぜい、私を楽しませて 下さい。」
風の刃を炎で防ぎ、シュレットの一撃を剣で受け止める。ルビーアイの顔には、笑みが浮かんでいた。
「来たか、人間よ・・・」
王の間に響く、低い声。低く、全てを押し包むような、不思議な声だった。
「魔王、シャザンアイ・・・くっ・・・」
シャザンアイを前に、ウェランの動きが止まる。それは、他の二人も同じようだった。別に、シャザンアイが人外の姿をとっていたわけでない。見た目で、恐怖を植え付けるような、そんな格好ではないのだ。彼の外見は、ほとんど人と変わらない。ただ、人間で言う髪の部分が、かぶとのように硬く頭の後方に反っていた。それ以外は、年齢を感じさせる彫りの深い顔も、漆黒のローブから覗く手も、何ら人間のそれと変わらなかった。だが・・・
「これも、時の意志であろう。君らがここまで足を踏み入れることも、魔王という存在 が危うくなることも、我は薄々感じてはいた。」
だが、見えない壁でもあるかのように、彼らは前に進むことができなかった。
「我は、疲れたのだよ。戦い続けることに。ここで封じられるなら、それもまた一興というモノ。悠久の時の中で、ほんの数百年など瞬きにすぎぬ。」
「お言葉ながら、シャザンアイ様。この世界で、魔王という存在を欠くことは世界のバランスを崩すこととなります。ここは私目が防ぎ止めます故、一度お引き下さい。シャザンアイ様の力があれば、神などと名乗る輩、滅ぼすことは容易でございましょう。」
玉座の前の階段の下。彫像のように立っていたオッドアイが、ゆっくりと床に突き刺していた大剣を引き抜いた。
「言ったであろう、オッドアイ。我は、疲れたのだと。最後に遊ぶことも、彼らを創りだした私の務めというものだ。ただし、無粋な者達はオッドアイに任せておこう。ウェランと言ったかな?君こそが、我と剣を交えるに相応しい。我の、最後の相手としてな。」
シャザンアイが一言呟くと同時に、虚空から一本の剣が現れた。漆黒の、真っ直ぐな刀身。びっしりと刻まれたルーン。宙に浮かぶその剣の柄を、シャザンアイが右手で掴む。
「あれは・・・」
オッドアイの掠れた声。シャザンアイは実に百数年ぶりに玉座から立ち上がり、その剣を杖のようについてウェランを見据えた。
「オッドアイも知っているな・・・もちろん、君達も聞いたことがあるだろう。負の感情を集め、世界を崩壊させることのできる力を秘めた剣。魔界六刀が一刀、魔王剣カオスの名を。」
シャザンアイがマントを跳ね上げる。その下には、漆黒の鎧。
「来い!神と名乗る者の加護を受けた人間よ!」
「大いなる我らが神、リリームルよ。今戦いに赴く者に、汝の加護と導きをもって勝利を与えたまえ。」
シャザンアイの言葉に応えたのは、ウェランではなかった。彼はまだ、シャザンアイのプレッシャーに押されて言葉を失っている。
「・・・」
朗々と、王の間にファーシェイの声が響く。それは、ウェランとレフィーナがかかっていたシャザンアイの呪縛を打ち砕いた。
「オッドアイ!その二人を殺せ。歴史の証言は、一人で十分。」
「はっ。運がなかったと心得よ。すでにギルフォードもルビーアイも、その仕事を達成していようからな」
「そう簡単に、いくかしら!」
シャザンアイに向かってかけのぼるウェランとオッドアイの間に、レフィーナが走り込む。遠い間合いから繰り出されたレシュオーグの一撃を、オッドアイは軽く大剣で弾き飛ばした。
「リリームルの加護よ。彼らの脚となり、翼となり、疾く疾く(とくとく)彼らを動かし たまえ。」
「でぇぇぇぇぃ!」
爆発的な加速をしたウェランが、シャザンアイに斬りかかった。大上段から振り下ろされたその一撃を、シャザンアイは軽く受け流す。さらに、バランスを崩してたたらを踏むウェランの首筋にシャザンアイの左の手刀が振り下ろされた。
「がっ・・・」
詰まった息を吐いて崩れ落ちるウェランを、更にシャザンアイは蹴り飛ばす。王の間の扉付近まで、ウェランは吹き飛ばされた。
「ウェラン!リリームルよ、癒しの手を差し伸べよ。彼にいま一度(ひとたび)の戦う力を。」
いくらか骨も折れていただろうウェランの傷が、瞬く間に癒える。ちっ、とオッドアイが舌打ちした。
「無粋な・・・シャザンアイ様の一騎打ちに、第三者が介入するなど・・・恥を知れ!」
その声の迫力に、びくっと三人の動きが止まる。力任せにレフィーナを弾き飛ばし、一息でオッドアイはファーシェイとの間合いを詰めた。
「リリームルの巫女か・・・傷つけても癒されたのでは、苛々するのでな。」
「ファーシェイ!逃げて!」
レフィーナの叫びもウェランの援護も、オッドアイの前には無意味だった。
「悪いが、死んでもらう。」
振り上げて、振り下ろす。単純な動作が、簡単にファーシェイの命を奪った。
「あ・・・」
ウェランが詰まった声を上げる。二つにわかれて、崩れ落ちるファーシェイを見て・・・
「このぉっ!」
怒りにまかせて斬りかかってきたのは、レフィーナだった。いままでにない鋭さをもったレシュオーグの一撃。オッドアイはそれを半歩横に動いてかわし、マントでくるむようにしてレフィーナの手からレシュオーグをもぎ取った。
「残念だが・・・奇跡など、起こらないから奇跡というのだ。起こるはずのないものにすがって、それで満足かな?」
「どうして・・・」
何を言おうとしたのかは、わからない。それがレフィーナの最後の声となった。
「レフィーナ・・・」
オッドアイの一撃は、リリームルの加護を受けた純白の鎧ごと、レフィーナの身体を断ち割っていた。
「脆いな、人間は・・・」
その言葉は、玉座の傍らに立つシャザンアイが発したモノ。ウェランはただ呆然と、すでに動くことのなくなった勇者達の姿を見ていた。
「ふん・・・まあ、こんなもんだろうな・・・」
門の前。動くモノのいなくなった空間。一人を除いては・・・
「さて、と・・・帰るか。」
数万の人間は全て、物言わぬ骸へと変わっていた。
「私と戦うこと自体、すでに無謀というモノ。まあ、健闘賞でも渡しておきましょう か。」
そう言って小さく笑い、ルビーアイが二つの亡骸に右手の人差し指を向ける。指の先に、真紅の炎がともった。
「私に火葬してもらえるのですから、たっぷりと自慢しなさいよ勇者達。」
二つの死体が燃え上がった。激しく、儚く。
「これでしばらくは、退屈になりますね。」
言葉を残して、ルビーアイが消える。炎の消えた後には、ただ真っ白な灰が残るだけだった。
「報告いたします、シャザンアイ様。」
「シャザンアイ様。報告に来ました・・・って、ルビーアイもか・・・」
いまだ呆然としているウェランを見るシャザンアイの前に、同時に二つの影が現れた。
「終わったか?ルビーアイ、ギルフォード。」
「はっ。大広間で、リリームルの加護を受けた二人の人間を確実に殺しました。」
「こっちも、人間ども全てを動かぬ骸に。オッドアイも終わってたか・・・後は、あい つだけだな。」
呆然としたいたウェランの表情が、絶望に変わる。
「そ、んな・・・」
「手を出すな、三人とも。あの少年とは、私が戦うことになっていてね。もっとも、もう戦う気はないようだが・・・」
シャザンアイの表情は、失望に変わった。
「こんなものか、人間というモノは・・・予定が変わった。我の力を、我の意志を、あの少年に移すとしよう。」
一歩ずつ、ゆっくりとシャザンアイが歩を進める。ウェランは身じろぎ一つせず、いやそもそもシャザンアイの姿が見えていないのか、虚ろな目を虚空に向けていた。
「くだらん戦いだ・・・そろそろ、反撃をするのもいいかもしれないな。」
「はっ・・・」
ウェランの目の前でシャザンアイは立ち止まり、右手を額に向ける。
「まずはこの者の魂を打ち砕き・・・」
ぴくんっと、ウェランが仰け反った。
「そして魔王の力をそそぎ込む。」
がくがくと、ウェランが痙攣する。それと同時に、少しずつシャザンアイの身体がやつれ始めた。
「力を、注ぎ込まれているのか・・・ん?」
それを見守るオッドアイの瞳が、ほんの一瞬ウェランの鎧が光ったのを見逃さなかった。危険な感じがする。それは、直感だった。
「シャザンアイ様!」
「ぬ・・・」
全ての力を注ぎ込み、いままさに意志をウェランに移そうとしていたシャザンアイが大きく後ろに跳んだ。いや、吹き飛ばされた。ウェランの純白の鎧が、まばゆいばかりの光を放っていた。
「これは・・・封印の呪法か・・・」
「まさか、リリームルがここまでよんでいたと?シャザンアイ様が、人間達のどれかに力と意志を送り込むことを。そしてそれを、封印する術をもっていたと?」
「何にせよ、オッドアイの言葉が少しでも遅ければ、我々は魔王を封印される所でした ね。幸い、力を封印されてもシャザンアイ様の意志は残されている。ならば、必ず力も甦らすことができます。」
純白の鎧が変形する。ウェランの肉体を包み込む、水晶のように。
「我が、力が・・・おのれ、リリームル・・・同じ、魔族の一人だというのに・・・」
シャザンアイの声は弱い。それを嘲笑うかのように、水晶は一層輝きを増し、いくつかの光にわかれてシャインホールから飛び出した。
「おのれ、リリームル・・・」
「何にせよ、シャザンアイ様の力が封じられたんだろ?早く何とかしないと、やばいことになるんじゃ・・・」
ギルフォードの言葉にルビーアイはほんの一瞬思案し、そして・・・
「ギルフォード。私とあなたで、飛び散った水晶の欠片を集めますよ。オッドアイは、シャザンアイ様の意識を他の人間・・・なるべく強い人間にうつし、その身を守って下さい。いいですね?」
「いいも何も、それが一番だろう。シャザンアイ様・・・!?」
シャザンアイの肉体から、意識が光となって飛び出した。後に残された肉体は、まるで数百年前の死体のようにぼろぼろに崩れ、風化していく。シャザンアイの意志の光は、シャインホールの上空でしばし漂ってからいずこかへ飛び去っていった。
「オッドアイ!追って下さい。ギルフォード。私達は私達で、行きますよ。」
「わかった。」
「よっしゃ!」
意志の光を追う影が一つ。別々の方向に飛んでいく影が二つ。後にはただ、静寂だけが残った。
「・・・」
オッドアイが抱きかかえる人間に、シャザンアイの意志は入っていた。人間の、女性。まだ若い。二十歳前後と言ったところだろうか・・・この付近の村の娘なのだろう。ゆったりした裾の長い服を着て、長い黒髪には丁寧に櫛が通されていた。
「・・・」
シャザンアイの意志と、その人間の意志が戦っているのがわかる。飲み込み、同化しようとするシャザンアイの意志。それから逃げようと必死になる人間の意志。目が覚めたとき、果たしてこの人間はシャザンアイなのだろうか?それとも・・・
「シャザンアイ様・・・姿形は異なれど、我々の忠誠はあなたにあります。力を取り戻すまで、このオッドアイが守りきってみせます。ですから、どうかお目覚めを。」
オッドアイの声は、森と目の前の泉に吸い込まれていった。しばらくの静寂の後、唐突に女性が目を開いた。女性は軽く身じろぎをして、するりとオッドアイの腕からその身をおろす。静かな瞳が、オッドアイを真っ直ぐに見ていた。
「オッドアイ・・・」
凛とした声が響く。反射的に、オッドアイは片膝を突いて頭を垂れた。
「オッドアイ。私には、力がありません。」
「ご心配なく、シャザンアイ様。必ずや、ルビーアイとギルフォードが力を集めてくれ ましょう。それまで、不肖このオッドアイが、シャザンアイ様の御身を守る所存。どうかご安心を・・・」
跪いたままのオッドアイを見つめるシャザンアイ。その瞳に焦りや不安はない。泉の水のごとく澄んだその瞳は、底の見えない輝きを放っていた。
「行きましょう、オッドアイ。我らが居城、シャインホールへ。」
「はっ。」
シャザンアイの後ろに、オッドアイが付き従う。森の暗闇の中に、二つの影は溶け込んでいった。